ポンちゃんとの出会いが全ての始まりでした!
ポンちゃんとの出逢い 2007/1221 Fri 20:36:29
ポンちゃんとの出会いが全ての始まりでした!
2001年の暮れにニュージーのポンちゃんと出会い
Yahooでフェレ飼いさん繋がりのブログを立ち上げて
それからフェレ飼いさんとのコミュニケーションを通して
色んな方々とポン太は知り合いになれました。
全ての方が、顔も知らない人たちばかりなのに
インターネットを通してフェレさんから受ける癒しとは別の
癒しを励ましを皆さんは与えてくださいます!
有り難い事です。

そうして早いもので今年の暮れで6年の歳月が流れました。
その間にもいろいろとありました。
ポンちゃんをお迎えしてすぐに、ジャスミンをお迎えしました。
暫くはポンちゃんとジャスミンでポン太家は盛り上がってました。
そしてある日、彼女たちの御飯を買いにホームセンターに行き
噛み癖が強くて売れ残り、ゲージの片隅で蹲るフェレに出会いました。
それが今のマロンです。いつまで経っても赤ちゃん体型なのに
一丁前に一度噛んだら離さないスッポンのマロンです。
こうして3フェレたちは『ポン太族』と呼ばれ活動し始めました。

2006年2月21日は記念すべき日となりました。
初めての里子フェレさんをお迎えしたのです。
小柄なパスっ子ののんちゃんとのこちゃんです。
元飼い主さんが、お子さんを抱きながら連れて来てくれました。
初日からポン太族に毛繕いをする温厚なのんちゃん
神経質だけど頭が良くてポン太の後をついて歩くのこちゃん
『のんのこ族』の誕生です。ポン太家はさらに賑やかになりました。

そして最初に病気になったのがのこちゃんでした。
食べなくなり体重がなんと484gまで減少したのです。
獣医師に診て貰っても異常がないとの事で
早速キャリーに隔離して寝起きを共にしながら強制給餌!
のこちゃんは元気になり、縫いぐるみ運びが日課となりました。

そして暑い7月に、今度はのんちゃんが病気になりました。
7月から週三回造血ホルモンを注射!
1回4000円近くもする注射治療が延々と続き,
財布からはどんどんお金が消えてなくなりました。
ある日容態急変で造血剤を打ち続けた最初の先生に見放され
セカンドオピニオンの先生の下で緊急手術!
ポンちゃんとジャスミンからの輸血もして!
でものんちゃんは10月30日に病院で逝きました。
最初にポン太の手から旅立ったのんちゃんは
ポン太家にわずか8ヶ月しか居られませんでした。
多分最初から今の獣医さんの下で治療していたら
今も元気に飛びまわっていたのではと悔やまれます。

今年の前半はフェレもポン太も順調でした。
そして今度はマーシャルの売れ残りっ子をお迎えしました。
ブログで知り合ったフェレ仲間のマイキーママ家のマイ君に
あやかりマイキーJrと命名しました。
8ヶ月も狭いゲージ暮らしだったので凄いメタボさんで
当時の体重は1440gありました。

けれど賑やかになった5月4日の世間がGW真っ只中に
今度は最愛のポンちゃんが突然逝ってしまいました。
ポンちゃんは逝く前の1ヶ月ほどの間、ゲージを脱走しては
ポン太の寝るベットに潜り込んでいっしょに寝る日が続きました。
ポン太は愛おしさだけで、ポンちゃんの異変に気づいてやれなかった。
逝った日のポンちゃんは、ゲージの1階で虫の息で頑張って
ポン太の帰りを待っていたのです。
ポンちゃんはポン太の手の中で逝きました。
のんちゃんが逝った時もそうでしたが、悲しい日が続きました。

そして8月19日に、イオン志都呂店で5月生まれの元気なパスッコに出会い
勝手に、5月に逝ったポンちゃんが生まれ変わったのかもと思い込み
お迎えしてつけた名前がポン太Jrでした。
最愛のポンちゃんはお迎えした当初はポン太という名前だったんですよね。
それが女の子でポン太はおかしいと思って、ポンちゃんにしたのですよ。
ポン太はパパさんである私が引き継いだ訳なんです。

さらに12月2日に里子で緊急にお迎えしたのがラブちゃん!
ニュージーの甘え鳴きさんですが、あのポンちゃんによく似てる
今もポン太の上着ハンモックの中で寝ています。

今のポン太があるのは、我が家のフェレたちが繋いでくれた
ブログ仲間に日々支えられているからです。
皆さん、本当に有り難う!!
2001年の暮れにニュージーのポンちゃんと出会い
Yahooでフェレ飼いさん繋がりのブログを立ち上げて
それからフェレ飼いさんとのコミュニケーションを通して
色んな方々とポン太は知り合いになれました。
全ての方が、顔も知らない人たちばかりなのに
インターネットを通してフェレさんから受ける癒しとは別の
癒しを励ましを皆さんは与えてくださいます!
有り難い事です。

そうして早いもので今年の暮れで6年の歳月が流れました。
その間にもいろいろとありました。
ポンちゃんをお迎えしてすぐに、ジャスミンをお迎えしました。
暫くはポンちゃんとジャスミンでポン太家は盛り上がってました。
そしてある日、彼女たちの御飯を買いにホームセンターに行き
噛み癖が強くて売れ残り、ゲージの片隅で蹲るフェレに出会いました。
それが今のマロンです。いつまで経っても赤ちゃん体型なのに
一丁前に一度噛んだら離さないスッポンのマロンです。
こうして3フェレたちは『ポン太族』と呼ばれ活動し始めました。

2006年2月21日は記念すべき日となりました。
初めての里子フェレさんをお迎えしたのです。
小柄なパスっ子ののんちゃんとのこちゃんです。
元飼い主さんが、お子さんを抱きながら連れて来てくれました。
初日からポン太族に毛繕いをする温厚なのんちゃん
神経質だけど頭が良くてポン太の後をついて歩くのこちゃん
『のんのこ族』の誕生です。ポン太家はさらに賑やかになりました。

そして最初に病気になったのがのこちゃんでした。
食べなくなり体重がなんと484gまで減少したのです。
獣医師に診て貰っても異常がないとの事で
早速キャリーに隔離して寝起きを共にしながら強制給餌!
のこちゃんは元気になり、縫いぐるみ運びが日課となりました。

そして暑い7月に、今度はのんちゃんが病気になりました。
7月から週三回造血ホルモンを注射!
1回4000円近くもする注射治療が延々と続き,
財布からはどんどんお金が消えてなくなりました。
ある日容態急変で造血剤を打ち続けた最初の先生に見放され
セカンドオピニオンの先生の下で緊急手術!
ポンちゃんとジャスミンからの輸血もして!
でものんちゃんは10月30日に病院で逝きました。
最初にポン太の手から旅立ったのんちゃんは
ポン太家にわずか8ヶ月しか居られませんでした。
多分最初から今の獣医さんの下で治療していたら
今も元気に飛びまわっていたのではと悔やまれます。

今年の前半はフェレもポン太も順調でした。
そして今度はマーシャルの売れ残りっ子をお迎えしました。
ブログで知り合ったフェレ仲間のマイキーママ家のマイ君に
あやかりマイキーJrと命名しました。
8ヶ月も狭いゲージ暮らしだったので凄いメタボさんで
当時の体重は1440gありました。

けれど賑やかになった5月4日の世間がGW真っ只中に
今度は最愛のポンちゃんが突然逝ってしまいました。
ポンちゃんは逝く前の1ヶ月ほどの間、ゲージを脱走しては
ポン太の寝るベットに潜り込んでいっしょに寝る日が続きました。
ポン太は愛おしさだけで、ポンちゃんの異変に気づいてやれなかった。
逝った日のポンちゃんは、ゲージの1階で虫の息で頑張って
ポン太の帰りを待っていたのです。
ポンちゃんはポン太の手の中で逝きました。
のんちゃんが逝った時もそうでしたが、悲しい日が続きました。

そして8月19日に、イオン志都呂店で5月生まれの元気なパスッコに出会い
勝手に、5月に逝ったポンちゃんが生まれ変わったのかもと思い込み
お迎えしてつけた名前がポン太Jrでした。
最愛のポンちゃんはお迎えした当初はポン太という名前だったんですよね。
それが女の子でポン太はおかしいと思って、ポンちゃんにしたのですよ。
ポン太はパパさんである私が引き継いだ訳なんです。

さらに12月2日に里子で緊急にお迎えしたのがラブちゃん!
ニュージーの甘え鳴きさんですが、あのポンちゃんによく似てる
今もポン太の上着ハンモックの中で寝ています。

今のポン太があるのは、我が家のフェレたちが繋いでくれた
ブログ仲間に日々支えられているからです。
皆さん、本当に有り難う!!